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2019/03/18

樹木希林さんと内田裕也さんの渋谷区南平台町の自宅価格はいくら

往年のロック歌手で映画俳優としても活躍した内田裕也さんが3月17日に肺炎のため、東京都内の病院で死去しました。79歳でした。内田裕也さんは17年11月に脱水症状で倒れてから車椅子生活を余儀なくされていました。そして19年になってから体調が悪化したようです。


妻で女優の樹木希林さん(享年75)に18年9月15日に先立たれ、喪失感が消えない中での死となったようです。1995年に俳優の本木雅弘さん(53)と結婚した長女の也哉子さん(43)らが裕也さんの遺体に寄り添ったそうです。


 内田裕也さんは、復帰を目指してリハビリに励んできたのですが、体力は低下傾向にありました。自身が主催する恒例の年越しライブ「ニューイヤーロックフェスティバル」は17~18年からは車椅子で出演し、執念で立ち上がって熱唱していたそうです。12年から毎年欠かさず参列していた3月11日の東日本大震災の追悼式も今年は欠席していたとか。


内田裕也さんは、エルビス・プレスリーに憧れて高校を中退し、1957年にバンドボーイとして音楽活動をスタート。66年のビートルズ日本公演では尾藤イサオさん(75)らとの特別編成のバンドで前座を務めました。


また、大阪のジャズ喫茶「ナンバ一番」で活動していた沢田研二さん(70)らをスカウトして、これが後のザ・タイガースとなりました。


70年代からは映画俳優としても活躍し、崔洋一監督の「十階のモスキート」(83年)などに出演しました。


私生活では、故かまやつひろしさんの紹介で出会った樹木希林(当時、悠木千帆)さんと73年10月に結婚しました。しかし、内田裕也さんの家庭内暴力などもあり、わずか1年半で別居生活になりました。さらに81年には裕也さんが一方的に離婚届を提出したこともありました。


別居生活は43年半にも及び、裕也さんは大麻取締法違反(77年)、銃刀法違反(83年)、そして強要未遂と住居侵入容疑(11年)と3度の逮捕歴を重ねましたが、それでも離婚には踏み切らなかったのです。

 

長女の也哉子さんが離婚しない理由を聞いた際に希林さんは「彼にはひとかけらの純なものがあるから」とし、一方の裕也さんも「一生頭が上がらない」と言ったそうです。


内田裕也さんは、とても個性的な人生を歩んだようですね。





 


内田裕也さんの自宅と樹木希林さんの自宅


別居していた内田裕也さんの自宅マンションは、渋谷区富ヶ谷にあるようです。たぶん、一人住まいにはちょうど良い広さなんでしょうか。


それよりもテレビで見ましたが、樹木希林さんの自宅がちょっとすごいですね。樹木希林さんの自宅は、黒川哲郎さんが設計したそうです。この自宅は二世帯住宅にリフォームして、樹木希林さんの娘・也哉子さんと、その夫の俳優・本木雅弘さんが住んでいます。 

このリフォームをした頃には、別居を解消した内田裕也さんとも同居していたそうです。

 

土地・建物価格はいくら


自宅の場所は渋谷区南平台町にあります。土地面積はGoogleMapで測ると、約400㎡(121坪)ありました。


この自宅の土地相場は、前面道路の平成30年度の路線価から計算すると、124万円/㎡ですから、410万円/坪となります。しかし、実勢相場は路線価の1.5倍相当ですから、410万円×1.5=615万円となります。


従って土地価格は121坪×615万円≒7億4,400万円となります。


建物の延床面積は不明ですが、200坪と想定し、建築坪単価を100万円で計算すると、建物価格は2億円となります。


よって、土地・建物の価格は7億4400万円+2億円=9億4400万円となります。


現在の土地相場で坪615万円と計算しましたが、この土地を購入した時期というのは、もっと安い時だと思います。ひとつ事例を紹介しますと、もう10年くらい前でしょうか、南平台町をもう少し渋谷駅に向かって歩いたあたりに60坪ほどの土地を仕入れようとしたことがあります。整形地ではなかったのですが、結局その土地は他社が買ったのですが、その時の売買価格が、およそ坪350万円でした。


今でこそ、南平台町の整形地なら坪600万円前後はするのでしょうが、坪350万円から400万円だった時もあったのは事実です。あの時でも「高いなぁ・・・」と思っていましたが、「今はもっと高くなっている」、というのが不動産というものなんでしょう。
 

  

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